純情仔猫物語

仔猫の一時預かりボランティアをしています。
里親探して三千里。どうかこの仔たちを家族の一員にと奮闘している泣き笑い日記です。

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KAZUさんが一時期凝っていた、人形作り。
一年間ほど教室に通っていました。
手芸などの手を使うことが大好きでしたので、もちろんブーケやアレンジメントもそうなのですが、常に何かを見つけてはそれに凝るのが楽しかったようです。
大抵のことは器用にこなしていました。
絵を描くのも好きで、ちょっとしたイラストなんかもかわいく仕上げていたのをよく覚えています。
ただ本人からすると器用貧乏だと思っていたようで、それなりにはできるが、今一歩壁を破れないなんて言っていました。
人形教室に通っていたのは多分10年ほども前になると思います。
毎週欠かさずに通っていたのですが、表情の作り方や身体の佇まいなどが難しかったのか、ああでもない、こうでもないと、教室に行く度に楽しげにその時の様子を話してくれました。

どんな人形を作っていたのかすっかり忘れていたのですが、彼女のパソコンの中から画像が出てきました。
なつかしいような、やさしいような、手のぬくもりか感じられる人形です。









実物はどこに行ったのか、どなたかに差し上げたのか、今は手元にはありません。
もしかすると探すと出てくるかも。

個展に出していた絵です。



ポストカードにもしましたが、こんなお人形さんも作っていました。



ちょこちょこと時間を見つけては、布を切ったり、リボンをしつらえたり。
今でもKAZUさんコーナーがある机の引き出しには、彼女の断ち切りバサミや洋服の型紙が残されています。

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チーちゃん(ちびちゃん)の里親様から猫さんのごはんをたくさんご支援いただきました。
ありがとうございます。

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| 04:34 | KAZU通信 | comments(11) | - |

以前、KAZUさんの散骨をイギリスで行なったことを報告しましたね。
私の妹家族はイギリスで暮らしているのですが、年に二回ほど帰国します。
ちょうど今、妹と姪のはなちゃん、甥のジョージくんが帰ってきていますので、一緒にKAZUさんのお墓参りに行きました。
かねてから、キンモクセイも周りが殺風景なので少し華やかにしてやりたいと考えていたのですが、いい機会なのでかわいいレンガで区画の境界線を彩ってやろう思い、またはなちゃんたちの土いじりもできそうだということで、今回のお墓参りとなりました。

私達のいる東京からKAZUさんがいるお寺までは少し遠いのですが、はなちゃんたちが飽きてしまわないように気にしながら、ゆっくりと向かいます。
まずは、途中の海ほたるですこし休憩です。
こんなところでも、格好の遊び場になります。





海の上のデッキで追いかけっこ!
ジョージくんはまだあぶなっかしいので、転ばないかすこしはらはらします。

お寺に到着するまで、ジョージくんはしばらく眠っていました。
で、起きたてのこの顔。



まだ寝ぼけ眼です。
ちょっとお腹が空いたので、買ってきたパンをほおばります。



背景がお墓なのがなんとも。
明るく、比較的暖かかったので、特に怖がってもいる素振りもなく安心しました。
ジョージくんはパンを親指に刺して、「親指がはれた〜」って。
それだけでも、お姉ちゃんと一緒に笑い転げています。

まずは買ってきたお花と一緒に記念撮影です。



訪れるたびに、キンモクセイの新芽が伸びています。





あちこちから芽吹いているのがお分かりいただけますか?

そして、今回の目的であるレンガの設置に取り掛かります。
子猫の顔の入ったかわいい小さなレンガなんです。
はなちゃんも一緒にお手伝いしてくれました。
ジョージくんはダンゴムシやら、バッタやら、遊びで忙しいみたい!







それは何のポーズですか?

区画の中は結構でこぼこもあって、傾斜していましたので、掘り起こして整地しました。
レンガを並べていって、途中で、あることに気が付きました。
レンガが足りない!
ちゃんと測っていったのに、どこでどう間違えたのか、まったくレンガの数が足りません。
私はこういうことは比較的余裕を持って準備をする方なのですが、今回は大失敗もイイトコですね。
まあ、また来る口実ができたと思えば、それもご愛嬌。
結局、足りないまま未完成となってしまいました。。。



未完成ですが、一応はなちゃんとジョージくんと記念撮影と思ったのですが、何が楽しいのか、ずーっと笑い転げていて、撮影になりません(笑)
「ピースお願いしまーす」って、言っただけなんですけどね!







中途半端になってしまいましたが、この区画だけちょっと洋風な感じになりました。
KAZUさんは怖がりでしたので、明るい感じにしてやりたいと思っていました。
少しずつ、かわいい感じ、明るい雰囲気になるように手を加えていきたいと思います。

海が近くのこのお寺。
帰りがけには砂浜で遊びました。









はなちゃんとジョージくんのことはKAZUさんもよく知っていました。
実際に会うことはできなかったのですが、私がいつも二人の写真を見せていましたので、いつか会いたいな、なんて話をしていたんですけどね。
お墓参りがどういうことなのか、まだ理解するには早いと思いますが、今回の小旅行が楽しい日本の思い出になったのではないかと思います。

次に来る時にはちゃんと準備して、完成させないとKAZUさんに怒られちゃいますね!

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| 00:38 | KAZU通信 | comments(14) | - |

いよいよ桜が満開ですね。
先週末から桜の華やぎを感じながら、仕事に向かっています。
KAZUさんのきんもくせいがあるお寺にもソメイヨシノとしだれ桜が植えられています。
樹高はそれほど高くはありませんが、毎年花を咲かせているとのことでした。
前回お墓参りに行った時には梅の花を楽しむことが出来ました。
そして、肝心の桜ですが、みなさんもよく御存知の通り、ほんの極僅かの期間しか満開になりません。
今週は水曜日に雨が降る予報ということで、満開のソメイヨシノを見られるのも昨日、今日くらいだろうと思っていました。
先週末に三分咲きだとお聞きしていましたが、仕事で都合がつかず昼間にお寺に行くことができませんでした。

ということで、思い切って、今日行って来ました!
それも夜中に!
たった一人で!

そもそも山中ほどない場所にあるお寺ですから、街灯などありません。
日中でさえ都会の喧騒など忘れ去るような静寂が包んでいる場所ですから、ましてや夜中なんて推して知るべしですね。
でも、どうしても見ておきたかったんですよ。
今日を逃すと一年間待たなくてはいけないですからね。

夜に行くからには夜桜になるようにライトアップの準備と撮影の準備をしっかりとして出かけました。
お寺に向かう道中、ずっとお月様が目の前をこうこうと照らしていました。
天気が良かったのだと思いますが、満月ではないものの、なにかお月様に導かれるようにひたすら車を走らせました。
途中、車を止めて眼前の月を撮影しました。



街灯も何もないような場所ですから、感度を目一杯上げて撮影しました。
うまく撮れているか不安でしたが、雰囲気は伝わるかと思います。
本当にお寺に着くまで、ずーっと目の前に月が出ていたんです。
KAZUさんは月には深い思い入れがありました。
私はこういったことをこじつけるのはあまり好きではありませんが、それでも何か不思議な感覚を覚えました。

さて、お寺に到着しました。
あたりはひんやりとしています。
カエルの鳴き声と葉のせせらぐ音が聞こえるのみです。
予想通り、桜は満開でした。
ライトアップにはバッテリー駆動できる高圧灯をいくつか持って行きましたので、下から全体を照らすことができるように配置していきます。
そして撮影です。





そこそこきれいな夜桜になったのではないでしょうか。
本当はもっといろいろな角度や明るさなども調整しながら撮影したかったんですけど、さすがにちょっと腰が引けました。。。
だって、普通のお墓もありますし、闇に包まれた場所なんですから。
案外びびりです。。。

ご住職から水仙も見頃と聞いていましたので、綺麗に咲いているところを探してみました。





そして、ここまで来てきんもくせいに目をやらないわけにはいきません。
真っ暗な中、KAZUさんのきんもくせいに手を合わせました。
ライトで照らしてみると、前回はわずかに頭を出し始めた新芽もしっかりと伸びてきていました。





しっかりと根づいてくれたことを確認して、心なしか安堵しました。
そもそも樹木葬とはその木の養分となって成長し、花を咲かせることを願ってのものです。
それが枯れてしまうようでは、つらい別れを二度経験するようなものですから。

ひと通り撮影を終えて、今回はすごすごと退散です。
思っていたよりも、まともな写真になっていて、行った甲斐がありました。
今度はちゃんと昼間に来るからね。

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| 04:25 | KAZU通信 | comments(16) | - |

今日は彼岸でした。
特に今年は大震災で亡くなった方も多く、KAZUさんのお墓があるお寺にて、合同彼岸会が行われました。
といっても、檀家さんの家族のみのささやかなものでしたが、こういった機会を設けてくださったお寺のご住職のお声がけもあり、KAZUさんのお墓参りもあわせて訪れました。
このお寺に来た時には雨が降っていたことは一度もなかったのですが、今日はとうとう雨降りか、と思っていましたが、到着すると同時に雨も上がり、曇ってこそいましたが、傘もささずにお墓参りすることが出来ました。



少しずつ、春の訪れを感じることができる今日この頃ではありますが、それでも例年に比べて寒い日が続いています。
お寺の梅の花もまだ五分咲きといったところでしょうか、雨にも濡れて、可憐な花を咲かせていました。





ソメイヨシノはまだつぼみにも早く、春の暖かさを待ちわびていました。
そこかしこに自生している水仙も花を咲かせるにはまだ少し掛かりそうでしたが、唯一咲いていたのは檀家さんのワンちゃんのお墓のまわりでした。



チコちゃんというワンちゃんのお墓です。
まったくプライベートなお墓なのですが、小さくて可愛いお墓です。
きっと大切にされていたのでしょう。

肝心のKAZUさんのキンモクセイですが、冬を経たこともあって、樹勢は随分と衰えていましたが、新芽をたくわえていました。





春が来て、初夏の日差しが感じられる頃には芽吹いて大きくなるのではないかと思います。



これはお寺に飾られていた、涅槃図です。
ご住職のお嬢さんが版画家で、蓮の花の上のお釈迦様を大きな一版で仕上げたものです。
縦が2メートル位ある大きなものです。
蓮の花は人間を中心として、動物、植物、そして想像上の龍などがあしらわれています。
そもそも涅槃図とはお釈迦様が入滅するときの様子を描いたものだそうですが、どちらかと言えば、極楽浄土か、別の世界か、悟りの境地か、万物の生業(なりわい)を表したものなのでしょう。
クリックすると大きくなりますので、どんな動物がいるか探してみてくださいね。
ご子息、奥様も芸術家でいらっしゃるという素敵なご一家です。

今日はカメラを持っていったものの、電池切れというハプニングもあり、携帯電話での写真撮影になってしまいました。
次は桜の咲く頃に訪れたいと思います。

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| 02:58 | KAZU通信 | comments(12) | - |

9日は彼女の月命日です。
毎月毎月の、この日が来るのがとても早く感じられます。
そして昨年の3月11日は日本人にとって、忘れることができない日になりました。
あの日からもう一年が過ぎました。

地震が起きた時、私は事務所でパソコンに向かっていました。
信じられないほどの揺れの大きさに驚き、すぐに外に飛び出しました。
そして、すぐにKAZUさんに電話をしました。
彼女は取り乱していて、電話の向こうの声は涙と恐怖で震えていました。
その日、私は夕方から車で出張の仕事があったのですが、幹線道路に出たものの、渋滞があまりにも激しく、高速道路は通行止めとなっていたこともあり、途中で断念することになりました。

少しずつ被害の状況が入ってくるにつけ、大変なことになったと、どうしていいかわからない、やりどころのない憤然とした気持ちを持つままに、余震をやり過ごした数週間でした。
直接被害にあわれた方の、津波さえ来ていなければ、原発さえ爆発していなければと、誰に当たればいいのか分からない鬱屈した気持ちはテレビの画面を通してでさえ、痛いほど伝わって来ました。

冬の避難所で寒さに耐えている人たち。
必死に行方不明の家族を探す人たち。
すべてを一瞬にして失ってうなだれる人たち。

画面の向こう側に思いを馳せることはできても、何も手助けをすることもできない己の不甲斐なさが、申し訳なくも、やりきれない思いを抱えていました。
それでもKAZUさんは違っていました。
親戚が福島に住んでいることもあり、必要な物資、例えば乾電池などを知人の協力を仰ぎ、すぐに手配し、東京で避難生活をおくるための手配も率先して行い、自分にできると思われることはすべて行動に移しました。
見習いたいと言うのは簡単ですが、後先を考えず、とにかくすぐに体が動いたのは彼女なりの人に対する思いの深さ故でした。
私には彼女と同じように行動することはできません。

こういうことがありました。
もう15年ほど前になるかと思います。
車で彼女と仕事場に向かっている時、道路の真ん中でふらふらと歩いている男の子がいました。
明らかに知的障がいを抱えているのは歩き方で分かりましたが、重度だったと思われ、信号や車の危険性について理解していないようでした。
行き交う車はクラクションを鳴らして、大きく避けて通り過ぎて行っていましたが、彼を見た瞬間、KAZUさんは車を降りて保護に向かいました。
近くに養護施設があることは知っており、そこから出てしまったのだと考えられましたので、無事に引き渡すことが出来ました。
車の往来にも躊躇することなく、すぐに飛び出していった彼女。
ひとつのことに集中すると他のことは全く目に入らなくなってしまうのは、逆に危うい性格でもありましたが、それでも同じように動ける人は少ないのではないかと思います。
周囲の視線、世間の評価、そんなことで見動きが取れなくなってしまっている私達の中では特別な存在だったと今さらながらに反芻しています。

あの大震災があって、次の夏に亡くなったのは無関係だったとは感じられません。
自らの命を削って、ただひたすらに人のために生きた、数カ月間。
仮に命を落すことが分かっていたとしても、彼女は同じ事を繰り返すでしょう。
そういう人でした。

一年という月日では癒しきれない心の傷と、抗うことができない境遇で苦しんでいる方も多くいらっしゃると思います。
絆という言葉をいたるところで耳にします。
その結びつきに勇気づけられた方もいらっしゃると思いますし、多くの支援が集まったことと思います。
その一方で、ガレキの処理問題など多くの課題が山積しています。

「絆」って、何でしょうか。
心の底から応援すること?
支援やボランティアなどで、実際に行動し役に立つこと?

私はこう考えます。
少なくともこの大震災の被災者の方たちに話を限定すれば、その苦しみを共有することだと。
胸の内に押し込めた、誰にも言えない失意や悔恨の思い。
実際の生活で難儀していること。
そのすべてを共有することは無理でも、そのごくわずかでも私達が負担することができれば、きっとそれが次への生きる力を生むことがができるのではないかと感じています。

震災から一年が経過し、取り巻く状況は大きく変わってきています。
被災した方たちの思いも、それぞれ違いを見せているはずです。

原発事故で避難を余儀なくされている方たちからすれば、事故さえなければ元の生活に戻ることができたのにという思いが強いでしょう。
原発の避難地域から少し離れた人たちにとっては、微妙な距離のせいで放射能被害に対する不安と日常の生活の復旧との二つの苦しみを味わうという困難を日々感じていることでしょう。
原発の被害がない地域の住民の方からすれば、原発ばかりがクローズアップされ、津波被害で生活のすべてを一瞬で失ってしまい、まだ何も復刻の兆しさえ見せておらず、忘れ去られるという不安な気持ちを抱えていると思います。
内陸部の方たちはどうでしょうか。
原発もなく、津波被害もなく、目を向けられることが少ない地域では、実は地震の被害の甚大さが今になって元の生活に戻ることを阻んでいるかもしれません。
そして、皆から忘れ去られているという失意にも似た気持ちもまた、現実の生活に加えて心の問題という課題を残しているような気がしてなりません。

大切な家族や知人を一瞬にして奪われ、大きく傷を負った心に特効薬はありません。
それは自らが日々苦しみながら、心の折り合いをつけていく他に術(すべ)はないのだとおもいます。
ただひとつだけ、私から掛ける言葉があるとすれば、その人が生きた証を残してあげて欲しい。
その人の生き様を語り継いであげて欲しいのです。
KAZUさんだって、普通のそこら辺にいるただの人です。
短気なところもあり、喧嘩もよくしました。
KAZU通信では彼女の素敵な面を紹介していますから、それだけ読むとどれほどの聖人だったのかと少し誇張も感じられますが、普通の人なりのいいところも、悪いところもありました。
それでもやはり、人が亡くなった後は、綺麗な部分だけが私たちの心に残ります。
あえて、汚い側面に目を向ける必要はありません。
素敵だったと思えること、ありがたかったこと、勇敢だったこと、そのひとつでも誰かに伝えることができれば、それは本来の意味での追悼であり、その言葉の一つ一つが死者の魂を鎮め(しずめ)、残された者の心を落ち着かせるのだと信じています。

一方、現実的な課題の一つとして、ガレキの処理問題も政治的な側面が大きく、簡単に解決できる問題ではありません。
受け入れ反対の人たちを十分に説得できる資料を行政は用意することはできません。
不可能なのです。
なぜなら、仮に今後数十年にわたって一切の健康被害が出ないというデータがあったとしても、将来のことを保証することは誰にもできません。
安全は提供可能だったとしても、安心は心の問題です。
不安を感じている人に対して安心することを強制はできません。
ましてや、民主主義国家においては大多数の意見が主流であれば、それに従うのが正しいとされています。
市民の間で受け入れ反対の世論が形成されていれば、受け入れることはできません。
今この時期に図らずも地方自治が日本に根付いていることを確認できたという皮肉さ。
民主主義の主権は市民にあるのです。
ですが、私は苦しみを共有してこそ、初めて絆を示すことができると考えています。
一度スローガンを掲げると、問題の骨子をわかりやすく明らかにする、満足度を得やすいという反面、その奥深くにあるものを隠してしまうという危険性もはらんでいます。
絆という言葉で解決される問題もあれば、逆にその言葉に違和感を感じ、苦しみさえ感じてしまう方もいらっしゃるでしょう。
ガレキ問題はその本質を明らかにしています。
私の中ではこの一点に集約されています。
ガレキの受け入れで、万が一健康被害が出たとしても、それを甘んじて受け入れる覚悟があるかどうか。
ガレキの山積で復興が阻まれているならば、それを除去するのは当然のこと。
安全の保証は当然のことながら、今放射能の被害を心配している人たちの気持ちも一緒に受け入れることが本当の心のつながりを表すことになるのではないかと思います。
とはいえ、それだけでは片付かないのがこの問題の根が深いところです。
小さなお子さんがいるご家庭に数十年に渡る不安を押し付けることもできません。
ましてや一義的な責任としては東京電力が負うべきものであることは言うまでもありません。
ただ、例えば、ブレーキの構造欠陥が明らかな車が事故を起こし、乗客が重傷を負っている現場を目撃した時に、その乗客を救出せずに、自動車メーカーの責任だからと放置して立ち去ることが許されるかどうかです。
あくまでも私個人の思いです。

話がそれましたが、彼女が身をもって示した人との心のつなげ方を皆さんにお伝えするのも私の今のやるべきことと思いながら記事を書いています。
彼女のもう一つのホームページには彼女の性格そのものが現れている記事があります。

http://www.kazu-kazu.com/profile/hanashi7.html

この記事では自分の死について触れています。
まったく嘘偽りのない言葉です。
長生きするだろうというのは残念ながらはずれてしまいましたが。
この記事に登場する「M支配人」というのは私の恩師でもあります。
学校の先生ではなく、職場の上司という関係でしたが、私の人生の恩師と呼べる人がいるとすれば、「M支配人」です。
KAZUさんと私はこの「M支配人」に育てられました。
彼女の考え方や性格は、もちろん私も同様ですが、彼に大きく影響を受けています。
いずれ、その「M支配人」についても触れましょうか。

そして、他の記事で触れられていた宮沢賢治の「雨ニモマケズ」。
「人間の弱さとこうでありたいという願いの葛藤の中書かれた作品で、なぜか私は強烈に悲しかった。」と彼女は述べています。
彼女はこの詩に自らの姿を重ねあわせていたのだと思います。

宮沢賢治の没年には三陸沖地震があり、多くの人が犠牲になりました。

長くなってしまいまいしたが、今日は「雨ニモマケズ」を載せ、記事を締めくくりたいと思います。

「雨ニモマケズ」

雨にも負けず

風にも負けず

雪にも夏の暑さにも負けぬ

丈夫な体をもち

慾は無く

決して怒らず

いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と

味噌と少しの野菜を食べ

あらゆることを

自分を勘定に入れずに

よく見聞きし分かり

そして忘れず

野原の松の林の陰の

小さな萱ぶきの小屋にいて

東に病気の子供あれば

行って看病してやり

西に疲れた母あれば

行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば

行って怖がらなくてもいいと言い

北に喧嘩や訴訟があれば

つまらないからやめろと言い

日照りの時は涙を流し

寒さの夏はおろおろ歩き

みんなにでくのぼーと呼ばれ

褒められもせず

苦にもされず

そういうものに

わたしは

なりたい

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| 05:07 | KAZU通信 | comments(15) | - |

以前、皆さんにも報告させていただきましたが、「どうぶつからの感謝状」が届きました。
この懸賞は公益財団法人どうぶつ基金様が殺処分ゼロを目指して活動している個人、グループ、行政に対し、どうぶつに成り代わり感謝状を贈るというものでした。
昨年暮れに募集され、故人は本来対象外ということでしたが、今回は特別に入選という計らいで受賞となりました。



多くの皆さんがKAZUさんを推薦してくださっていたようで、そのお礼も兼ねてお見せしたいと思います。
お気づきになるでしょうか、日付が8月8日になっています。
KAZUさんの命日、8月9日の一日前、生前の日付を選んでくださっています。
ちょっとしたことですが、気持ちが伝わってきてうれしいことです。
この感謝状の推薦を受け付けていることをご存じなかった方も多いのではないかと思いますが、知っていれば応募したのにという声もいただきました。
そういう方も含めて、彼女の活動が支えられていたのだと、あらためて私から皆さんにお礼を申し上げたいと思います。

重ね重ねになりますが、本当に彼女は自分の気持に一途な人でした。
誰かに評価されたいわけでもなく、褒められたいわけでもなく、ただただ一匹でも多くの命を救いたい、その思いだけが彼女を動かいていました。
その思いに共感して、彼女を支援くださっていた方も多いのではないかと思います。
穢れ(けがれ)のない、純粋な心を持った人でした。

額に入れてKAZUさんコーナーに飾っておきたいと思います。

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2月22日受付分までを発送しました。
到着まで今しばらくおまちください。

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| 01:47 | KAZU通信 | comments(12) | - |

今日はKAZUさんの6回目の月命日です。
あの暑かった夏の日からもう半年が経ちました。
多くの皆さんに支えられながら、なんとか一日一日を過ごしてきました。
彼女がいなくなったことは実感としては充分すぎるほど感じられますが、これが現実なのか、信じられない思いは今でも続いています。
私の中ではあの日と今日を比べても何も変わっていません。
それなりの寿命と人生を全うしたと思える別れだとしても、それはつらいものだと思います。
ましてや思いもかけない、早すぎる別れというのは残された者にとっては一層苦しいものです。
それでも、もっとよりつらい境遇の方も多いことでしょう。
特に大きな震災があった今年は受け入れがたい別れも多くの方が経験されたことと思います。
小さな子供、家族を一瞬にして奪われた人たち。
特に忘れられないのは、女の子三姉妹、そして最愛の妻を亡くして、一人取り残されたお父さん。
彼はこれから何を頼りに生きていけばいいのでしょうか。
私が同じ境遇にあったら、後を追うことだってありえます。
人は生きる望みを失った時、死んでもいいと思うのです。
彼にとっては家族は生きる意味そのものだったはずです。
その苦しみは乗り越えなければいけないものなのか、それとも受け入れて新しい人生を歩むのか、はたまたすべてをあきらめ、流されるままに考えることもなく生き続けるのか。
時はそう簡単には答えを与えてくれません。

少なくともKAZUさんにはみなさんにメッセージを伝える時間が残されていました。
活動を通して自分の人生を歩んできました。
そのことは確かです。
私自身のことを言えば、後は彼女の死をどのように捉え、今後の人生を生きていくか。
ゆっくりと考えていきたいと思っています。

さて、今カレンダーは福祉施設のワークショップというところで包装作業を行なっています。
その様子をすこし紹介しますね。

色々な障がいを抱えた人たちがそれぞれの能力にあわせて、できることを自分のペースに合わせて作業しています。
障がいの程度は様々ですので、みなが同じような作業をしているわけではありません。
袋詰めする係、箱に入れる係、メモを入れる係、印刷係、それぞれが担当にわかれています。
純情仔猫物語のカレンダーもひとつずつ丁寧に袋詰めしていきます。





そして、作業所の入り口にはこんな額が立てかけられています。



よろこび

私たちの職場にはいろんな喜びがあふれている
ものを創る喜び
仲間たちとふれあう喜び
社会の中の一人となる喜び

どんな形にせよ働くということを
社会の中で私が生きていることの証にしたい

そんな気持ちで今日も働いています


障害者自立支援法の制定など、障がいを抱える人たちの生活環境、労働環境も変化を見せています。
多くを言及するほど明るくありませんので、これ以上触れませんが、このカレンダーの包装作業も仕事の一環として依頼していますので、皆さんにお買い上げいただいた売上の一部はワークショップの売上となります。
みんなの給料、作業工賃として支払われます。
ある程度の量ができた時点で、一旦納品してもらいますので、正式なご案内ができるのももうすぐかと思います。

楽しみにお待ちくださいね。

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| 03:35 | KAZU通信 | comments(9) | - |
新年明けましておめでとうございます。

昨年のお礼もほどほどに、年が明けてしまいました。
ブログの記事を書きながらどこからともなく除夜の鐘を聞いています。
本来喪中につき、おめでとうございます、と言うのは避けたほうがいいのかもしれません。
でも私だったら、自分が死んだ後、知人たちにはいつまでもふさぎ込んでは欲しくないです。
いつもと同じように、皆で新年を祝い、気持ちを新たににぎやかに過ごしてほしいと思います。
その傍らに、そっと私の写真を立てておいてくれればそれで十分です。

死者の願いとは何でしょうか。
お棺に入った本人の姿が見えないほどの大掛かりなお葬式をあげて欲しい?
大きなお墓を建てて欲しい?
数え切れないほど多くの人に悲しんで欲しい?

たぶん違います。
死してなお、見栄、強欲にまみれているとすれば、その人はきっと成仏していません。
人間の欲と思われるものはすべて現世で脱ぎ捨て、穢(けが)れない無垢な魂に昇華し、本来人が持つきれいな心との会話だけを望んでいると、私は考えます。
にもかかわらず、私たちは大切な人を失った後、できる限りのことをしてやろうと、時間も労力もお金もかけようします。
それは生前にしてやれなかったことを今さらながらに叶えてやりたい、もしくは今までの感謝の気持ちを形で表したい、そしてそうすることで自分の気持ちを少しずつ整理していくのだと思います。

前の記事では樹木葬のきんもくせいを載せましたが、お墓とは先に旅立った者のためだけにあるのなく、残された者が生きていくために、自分と相手と素直に向き合うための大切な場所が必要なのだとつくづく感じています。
けれど、本来は決してお墓がかならずしも必要だとは思いません。
それに変わる何か、遺品でも、写真でも、思い出の品でもなんでもかまわないのです。
亡き人を感じられる何かがあれば、それに向かって話しかけることもできますし、お水もお花も供してやることができます。

生あるものにはかならず死が訪れます。
生きる喜びにはおしなべて終わりが来るというこの不条理さ。

その不条理さを曲解すれば、人は死ぬために生まれてくるのだとさえ言えます。
けれども私たちは人間です。
そのわずかな生に意味を見出すことができます。
だからいつも私たちはこう言うんです。

「幸せの意味ってなんだろう。」
「なんでこの世に生まれてきたんだろう。」

そこに意味を見出そうとすることは人間が持って生まれた性質であり、人間たらしめているゆえんです。
そして自分が死ぬときにはできることならば、自分の人生には意味があった、ほんのわずかでも、それが形のないものでも、何かを残すことができたと感じながら別れを告げることができたら本望です。
次の世をまったく信じないわけではありません。
むしろ魂の行く先がしあわせでおだやかな場所であって欲しいと願います。
けれど、今のこの世をいかに生きるのか、そのことを日々心の片隅においておけば、いざ死を迎えたとき、それほど悔やまれる人生にはならないのではないかと、漠然と考えています。

そんなことをつらつらと考えていた大晦日の夜、あるメールが届きました。
もうご存知の方もいらっしゃると思いますが、「どうぶつからの感謝状 入選」のお知らせでした。
公益財団法人どうぶつ基金様の「どうぶつからの感謝状顕彰」は殺処分ゼロを目財して活動している個人、グループ、行政に対し、どうぶつに成り代わり感謝状を贈るという顕彰です。

http://www.doubutukikin.or.jp/business/kansyajyo/

昨年暮れに募集されたこの顕彰に多くの方がKAZUさんを推薦してくださったそうで、故人を表彰するかは議論が分かれたそうですが、「KAZUさんを表彰することでKAZUさんを支持していた多くの皆様にエールを送り活動の励みにしてもらい、どうぶつ愛護を推薦することになる」との結論から今回の入選となりました。

正直に申し上げます。
私は死して残る名誉なしと思っています。
KAZUさんの思いが何かを皆さんの心に残したのであれば、それだけで彼女の人生には意味があったと思いますので、私自身としてはこの表彰自体が喜ばしいものなのかどうか分かりません。
ですが、受賞理由として挙げられていた、「支持していた多くの皆様にエールを送り」という箇所には至極同意します。
何かKAZUさんのためにしてあげたい、気持ちを形にしたい、と考えてくださった方々のお気持ちはとてもありがたいものです。
その皆さんのお気持ちを今回はありがたく頂戴したいと思います。
故人は表彰対象外と考えていましたが、審査委員の方々の計らいで今回の受賞となりましたこと、お礼を申し上げます。
KAZUさんには皆さんのお気持ちの総意として「どうぶつからの感謝状 入選」をいただいたことを報告しました。

推薦くださいました多くの皆様、ありがとうございました。





年末の忙しい中、どうしても見ておきたかったきんもくせい。
やがて来る春に向けて新芽をたくわえていました。

そして今日の表題「上をむいて」です。



これは彼女が展覧会の時に描いたものですが、自分の手元において額に入れてありました。
今も彼女の部屋に掛けてあります。



彼女が病床で書き記していたメモの中のひとつです。
ストラップにお申し込みくださった方はお分かりになると思いますが、彼女は丁寧な字を書きました。
このメモを書いていたあたりから筆は乱れていきました。
意識が薄くなりながらも、自らの命のありがたさに気づき、生かされているということを実感しはじめていました。
そんな彼女は里親様との手紙でこんな文章を書き記していました。

「もう年齢的にも昔のように次から次へとできないと思いますが、いつか竹ちゃんに胸を張って会えるよう、細々とがんばっていこうとおもいます。」

ちょうど一年前のクリスマスの頃の手紙でした。
前を向いて歩みを進めようしていた彼女の気持ちが読み取れます。
竹ちゃんの死に際しては深く苦しみましたが、いつか会うことになるであろう、竹ちゃんに恥じることのない生き方をしようという彼女なりの決意の表れでもあったのでしょう。
残念ながらその出会いはあまりにも早いものとなってしまいましたが、それでも竹ちゃんはあたたかく彼女を迎えてくれているでしょう。

「上を向いて」

ありがちな何気ないひと言ですが、今の彼女からの言葉として、元日の今日、皆様にお伝えしたいと思います。



















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| 04:18 | KAZU通信 | comments(14) | - |

すこし間が開いてしまいました。すみません。。。

ちょっと忙しかったのですよ。
仕事もそうですが、なによりも、ストラップの準備です!

先週末についに納品されました!
大量のストラップ!



上下のダンボールにストラップがぎっしり詰まってます。
これをひとつひとつ丁寧に気持ちを込めて封筒に入れていきます。



こんな感じでお届けします。
竹ちゃんの写真は私からのメッセージカードになっています。
ストラップにはサプライズがあるとお伝えしましたが、それは届いてからのお楽しみ。
専用の封筒に入れてお届けします。
今日、取り急ぎ時間のある限り封筒詰めできたものは発送しました。

今日は11月9日受付分までを送りました。
メール便につき、到着まではすこし時間がかかってしまいますが、楽しみにお待ちください!

万が一、一週間以上たっても到着しない、もしくは中身が間違っているなどのことがありましたら、気兼ねなくご連絡ください。

ミッキー部長 専用メールアドレス tarochinnappy☆gmail.com (☆を@に変えてください)

送っていただきました封筒はそのまま一緒に返送しますので、こちらでお申込者の情報は保有しませんので、ご安心ください。
難点としては、私が数量を間違ってしまった場合などはどの方なのかもさっぱり分からなくなってしまいますので、申し訳ありませんが、メールの際には間違いの点を細かく指摘してくだされば助かります。
送り先のメモに電話番号をお願いしている点は、郵便ではなくメール便だからです。
メール便は佐川急便の配達員が届けますので、住所が分からない場合などに配達の方が電話をかけることがあると思います。
私からお電話することは一切ありませんので、ご安心ください。
またこちらから発送した時点で、お申込者の情報はなくなりますので、商品不着などの際には気兼ねなく、メールいただければと思います。

かなり大量に作りましたので、まだまだ十分に余裕があります。
ぜひ、猫ちゃん、ワンちゃんのお守りに一本手元においていただければうれしいです。

また、多くの方にメッセージやイラストなど、心のこもったお便りをいただいています。
この場を借りてお礼申し上げます。
すべてKAZUさんに見せています。
関東のみならず、関西、九州、遠くは小笠原諸島まで、KAZUさんのファンの方がこれほどまで広く見守ってくださっていたことに驚いているとともに、彼女の活動は間違いなく皆さんの心に深く根付いていることを確信しました。

ストラップの応募方法はこちらにまとめてあります。

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先週末にKAZUさんのきんもくせいのあるお寺に行ってきました。
もう少し早めに行きたかったのですが、仕事の都合でちょっと間隔があいてしまいました。
今回の目的はネームプレートの設置です。
猫ちゃんのテラコッタと一緒にネームプレートをアレンジしてみました。
名前だけの表札だとちょっと寂しい感じがしますので、KAZUさんらしさを思い浮かべてこんな感じに仕上げてみました。









すこしずつ時間をかけて全体的にアレンジしていきたいと思います。
ちょっとお墓の中でここだけ異質な感じになっちゃってますが、それもご愛嬌!

ミッキー部長でした。

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| 22:11 | KAZU通信 | comments(4) | - |

イギリスでの散骨は以前お話ししましたね。
詳しくその場所が分かりましたので、写真とともに皆さんと一緒にイギリスのKAZUさんのお墓参りに行きましょう。







黄色いピンが見えますか?
ロンドンの北西約50kmほどのBedfordshireという州です。







少しずつ近づいてきました。
National Trustの管理する広大な自然公園の中でも一番見晴らしがよく、この州の中では一番標高が高い場所です。
Dunstable Downsは「ダンスタブルダウンズ」と読みます。





丘陵地のなだらかな斜面の様子が分かりますか?



目の前に広がる地平線を望んで、KAZUさんの散骨地があります。
この黄色いピンがまさにその場所です。









何もないと言ってしまったら、それまでなのですが、とにかくイギリスの緑豊かな土地の典型的な場所です。
アウトドアが盛んなのもうなづけますね。
冬場にはまれに雪も降るようですが、あまり積もることはありません。
むしろ寒波の備えがないため、雪が降ったとたんに車では外出できず、買い物ひとつにも苦労してしまうようなお国柄です。
スタッドレスタイヤを用意しておく、なんてことは日本の常識。
暖房器具が壊れても簡単には直りません。
直してくれる保守の人が来ても、素人に毛が生えた程度の技術しかなく、何日も暖房なしで暮らす羽目になることも。
公共のみならず民間でさえもサービスが悪く、現地の人たちも不満は持っているそうなのですが、
それが改善していかないのが不思議でなりません。
でも、不思議に思うこと自体、日本のサービスに慣れきってしまっている証拠なのかもしれませんけど。





Bedfordshireの中心街から少し歩いた街並みです。
あえてレンガ造りの建物をお見せしていますが、どこもこういった雰囲気なのです。
ゆるやかな時間が流れていると思いませんか?
こんな素敵な場所で暮らせたら、寿命も伸びそうですね。
でもね、それも日本人の考え方なのかもしれません。
だって、こんなせわしない日本のほうが平均寿命は長いんですから!
医療が発達し、救急車は平均で8分で来ます。
そんな国って他にないですよ?

私は時々こう考えることがあります。
寿命って一概に言っても、実際の年月の経過なのか、それとも人生で日々感じる時間の流れの蓄積なのか、それによってもその人にとっての人生の長さは感じ方がずいぶんと違うはずだと。
だから日本人の寿命の長さなんて実はまやかしなのかもしれません。
奇しくも先日ブータン国王が来日されました。
みなさんもご存知と思いますが、ブータンは「GDP=国内総生産」よりも「DNH=国民総幸福量」を国の命題として掲げているそうです。
国民の実に97%の人たちが「幸せ」と感じているとか。
そのブータンの平均寿命は66.5歳。
日本とは15歳以上も差があります。
でも、ブータンの人たちは日本人の寿命と比べて、はるかに短いことを嘆くでしょうか。
彼らの寿命は日本人の寿命より実質では長いのかもしれませんよ。

とはいえ、それでもブータンの国が抱える問題もさまざまあると思います。
たとえば、障害者問題。
仏教国のブータンでは障害を持って生まれていることは、前世での悪行が現世で障害となって現れると信じられているそうです。
障害者は社会的に認められず、さげすまれて暮らしていかなくてはなりません。
果たしてそれが正しいのか、間違っているのか。
ここではそういう側面もあるのだということに触れるにとどめておきます。

ごめんなさい、話がそれました。

ちょっと明かしちゃうと、KAZUさんは実はこんなのどかな雰囲気はあんまり好きじゃなかったんですよ。
どちらかというと都会の喧騒でもへっちゃらな人でした。
高円寺出身ですから、ごちゃっとして、家々が寄り添っているような町のほうが落ち着いたようです。
純情仔猫物語の「純情」は高円寺の純情商店街からも来ているんです。
もちろん、純情というか、一途というか、純真な気持ちで活動したいっていう願いもこめられていますけどね。

私が彼女のためにいろいろと今になってしてあげているのは、なにも彼女のためではありません。
自分のためです。
もちろん、喜んでもらいたい、ありがとうってほめてもらいたい気持ちはありますよ。
でも、生前にしてあげられなかったことを今さらながらにしてあげるのは、彼女の死を自分に納得させるためでもあるんです。
人間は不思議なもので、相手のために何かしてあげようと思ったり、実際にしてあげたり、それは純粋に相手に喜んでもらおうと、もしくは良かろうと思ってしてあげていても、自分が思っていた反応とは違っていると、その思いが強ければ強いほど反動となって返ってきます。
あれだけしてあげたのにって。
それはそもそもの前提が間違っているから起こることなんですよ。
相手のため、そう思っていても、それは実は何かしてあげたいと思う自分の気持ちを解消するためなんです。

悩んでいる人、苦しんでいる人、それが経済的な要因によるものか、不当な圧力によるものか、はたまた人間関係のいざこざか、とにかく見かねて何かせずにはいられない。
そんな気持ちになることってありますよね。
でもそれは結果として相手のためになるのだとしても、それを見捨てられない自分のためだと分かれば、その行動はより純粋なものになります。
だって、見返りを期待することはなくなるんですから。
自分のためにしているのに、相手に何かを期待するなんておかしいですよね。
それに気づかないと、ただの親切の押し売りになっちゃいます。

ボランティア活動や保護活動だって同じです。
その状況を見捨ててはおけないという自分の意志で、自分のためにやるんです。
KAZUさんがひたすらに子猫の保護活動にまい進したのは、そのことに知らぬうちに気づいていたのかもしれません。
子猫を命を救うことは自分の命を救うことだと。
多くの猫を助けてきたことで、自分の心の傷も癒えてきていたのは、私が一番よく知っています。

だから、こうやってKAZUさんの思い出をつづることは、彼女のためというよりも、私自身が彼女を失った苦しみから逃れるため、もしくは傷を癒すためなのだろうと思います。

ミッキー部長でした。

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「純情仔猫物語メモリアルストラッププレゼント」



続々とお申し込みの封筒が届いています。
個別に受領のお知らせはできませんが、大切に保管しています。
受付日順に梱包していきますが、できる限りまとめて出荷作業を行いたいと考えていますので、お急ぎにならずとも大丈夫です。

こちらにまとめてあります。
時々加筆修正すると思いますので、申し込み前にはかならず一通り目を通していただき、この記事にしたがってご応募ください。

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| 07:31 | KAZU通信 | comments(7) | - |
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